はじめに
日常的に飲んでいる飲み物が、生殖能力や不妊治療の結果にどのような影響を及ぼすのか――近年、このテーマに関する研究が急速に進んでいます。特に注目されているのは、人工甘味料入り飲料、砂糖を多く含む清涼飲料水、そしてカフェイン飲料です。
これらが、男性の精子の質や女性の排卵、さらには体外受精(IVF)の成功率にどのように関係しているのか、科学的な知見が次第に明らかになってきました。
本レビューでは、2024年~2025年に発表された最新研究を中心に、男女別に飲料摂取の影響を整理し、不妊治療中に役立つ実践的な指針を提示します。
人工甘味料の影響(特にスクラロース)
人工甘味料は「カロリーゼロ」「ダイエット飲料」として広く利用されていますが、生殖への安全性については疑問が残っています。
男性への影響
2025年6月に台北医科大学が発表した研究では、雄ラットにスクラロースを与えたところ、精子細胞のアポトーシス(細胞の自然死)が約25%増加し、精巣組織にも損傷が見られました1。
さらに、スクラロースが精巣内の甘味受容体「T1R3」の働きを抑え、男性ホルモン(テストステロン)の分泌を阻害する可能性も示唆されています。これらの結果は、スクラロースが精子の質や量を低下させ、不妊のリスクを高める可能性を示した重要な報告です。
女性への影響
女性に関するデータはまだ少ないものの、人工甘味料の摂取がホルモンバランスを乱し、不妊や早産リスクを高める恐れが指摘されています。
IVF中の注意点
人工甘味料がIVFの結果に直接影響するという確定的なデータはありませんが、生殖細胞への悪影響が動物実験で報告されているため、治療前3か月程度は人工甘味料入り飲料を控えることが望ましいでしょう。
砂糖を多く含む飲料の影響
砂糖入り飲料(SSBs: Sugar-Sweetened Beverages)は、コーラやジュース、スポーツドリンクなどを指します。肥満や生活習慣病だけでなく、生殖機能への悪影響も確認されています。
男性の精子への影響
2025年5月に発表されたレビュー論文によると、砂糖入り飲料を多く摂取する男性では精子の質が明らかに低下していました2。
週7杯以上飲む人は、飲まない人に比べて精子濃度が約22%低いという結果が得られています。
| 精子パラメータ | 影響(週7杯以上 vs 0杯) | 科学的評価 |
| 精子濃度 | 22%低下 | 複数研究で有意 |
| 総精子数 | 22%低下 | 複数研究で有意 |
| 精子運動率 | 約4~6%低下 | 有意差なしが多い |
| 精液量 | 約6%低下 | 有意差なしが多い |
この影響の背景には、糖の過剰摂取による酸化ストレス増加やホルモンバランスの乱れがあると考えられています。
女性の排卵・IVF成績への影響
2017年の研究では、1日1杯以上の砂糖入り炭酸飲料を飲む女性は、飲まない女性よりも採卵数・成熟卵数が少なく、出産率も約16ポイント低いことが報告されています3。
特に注目すべきは、砂糖を含まないダイエット飲料では悪影響が見られなかった点です。悪影響の主因はカフェインではなく、砂糖そのものである可能性が高いとされています。
IVF中の推奨
治療中は男女ともに砂糖入り飲料を避けることが強く推奨されます。卵子や精子の質を高めたい場合、少なくとも治療開始の数か月前から断つのが理想的です。
カフェインを含む飲料の影響
カフェインはコーヒー、紅茶、緑茶、エナジードリンクなどに含まれています。その影響は摂取量によって異なります。
コーヒー
多くの研究で、1日2杯程度(200~300mg)までの摂取であれば、生殖能力への悪影響は見られません。5杯以上になると妊娠率低下の傾向が報告されていますが、適量なら心配は不要です。
紅茶・緑茶
2024年の研究では、1日2杯までの紅茶を飲む女性は、全く飲まない女性に比べて不妊リスクが27%低いことが示されました4。
ポリフェノール(カテキンなど)の抗酸化作用が卵巣機能の保護に関わっている可能性があります。砂糖を加えずに適量を楽しむなら、妊活中の女性にとってむしろ良い影響をもたらすでしょう。
エナジードリンク
エナジードリンクは、高濃度カフェインと糖分の組み合わせにより最もリスクが高い飲料です。
2016年の研究では、男性がエナジードリンクを1日1缶以上摂取すると、カップルの妊娠率が約54%低下することが報告されています5。
女性側には同様の影響は見られず、男性の摂取が主因でした。
IVF中の推奨
IVF期間中は、コーヒー・紅茶は1日2杯までにし、エナジードリンクは完全に避けることが勧められます。特に男性は、精子の質を保つために治療前から控えるべきです。
まとめ:妊活・不妊治療中の飲料選び
科学的根拠を踏まえると、妊娠を望むカップルにとって「何を飲むか」は無視できないポイントです。
避けるべき飲料
砂糖入り飲料(炭酸飲料・ジュースなど):男女ともに生殖能力に悪影響
エナジードリンク:男性の妊娠率を大幅に低下させる
人工甘味料入り飲料:安全性が未確立のため控える
適量が望ましい飲料
コーヒー:1日2杯程度なら問題なし
紅茶・緑茶:1日2杯までなら不妊リスクを下げる可能性
日々の飲み物を少し意識して選ぶだけで、精子や卵子の質を高め、生殖医療の成功率を支える可能性があります。
脚注
- Lin, H. Y., et al. (2025). Sucralose impairs male reproductive function in rats by inhibiting T1R3 and disrupting the hypothalamic-pituitary-testicular axis. Environmental Health Perspectives, 133(7), 077002. ↩︎
- Win, W. K. Y., et al. (2025). Sweet Drinks, Sour Consequences: The Impact of Sugar-Sweetened Beverages on Sperm Health, a Narrative Review. Nutrients, 17(10), 1733. ↩︎
- Machtinger, R., et al. (2017). The association between preconception maternal beverage intake and IVF outcomes. Fertility and Sterility, 108(6), 1026-1033. ↩︎
- Zhang, H., et al. (2024). Association between tea, coffee and caffeine consumption and risk of female infertility: a cross-sectional study. Reproductive Biology and Endocrinology, 22(1), 91. ↩︎
- Wesselink, A. K., et al. (2016). Caffeine and caffeinated beverage consumption and fecundability in a preconception cohort. Reproductive Toxicology, 62, 39-45. ↩︎

