2026年10月18日 監修・コメント 薬剤師 住吉忍先生
不妊治療で使われる注射薬には、卵胞を育てる薬と、成熟した卵胞からの排卵を促す薬があります。代表的なのが、HMG製剤・FSH製剤・hCG製剤の3種類です。
- HMG製剤:FSH作用とLH作用をあわせ持ち、卵胞の発育・成熟を支える
- FSH製剤:主に卵胞を育てる
- hCG製剤:LHのピークに似た働きで、最終的な卵子の成熟と排卵を促す
同じ「排卵誘発剤」でも、役割は同じではありません。また、治療の目的が「排卵を起こすこと」なのか、「体外受精に向けて複数の卵胞を育てること」なのかによって、使い方も変わります。
ゴナドトロピン療法では、卵胞の数と発育を超音波検査などで確認しながら、医療者が慎重に調整します。[1]
この記事は薬の役割を理解するための一般向け解説です。
具体的な単位数、注射日、自己注射の方法は、製品の電子添文と主治医・看護師の指示を優先してください。

1. まず知っておきたい「卵胞」と「排卵」の流れ
自然な月経周期では、脳から分泌されるFSH(卵胞刺激ホルモン)とLH(黄体化ホルモン)が卵巣に働きかけます。おおまかには、次のような流れです。
- FSHの働きで卵胞が育つ
- 卵胞が成熟し、エストロゲンが増える
- LHの急上昇をきっかけに、卵子の成熟と排卵が起こる
排卵誘発では、この流れの一部を薬で補助します。FSHやHMGで卵胞の発育を促し、成熟した段階でhCGを使って排卵のタイミングを整える、というイメージです。
ただし、排卵誘発の目標は通常「成熟卵胞を1個育てること」です。一方、体外受精では採卵のために複数の卵胞を育てることがあり、同じ薬剤でも治療目的が異なります。[1]

2. HMG・FSH・hCGの違いを一覧で見る
| 製剤 | 主な働き | 治療の中での役割 | 覚えておきたい点 |
| HMG製剤(hMG) | FSH作用+LH作用 | 卵胞の発育と成熟を支える | FSHだけでは反応しにくいケースなどで、LH作用を含む製剤が検討されることがある |
| FSH製剤 | 主にFSH作用 | 卵胞を育てる | LH作用をどの程度補うかは、排卵障害のタイプやホルモン環境で判断する |
| hCG製剤 | LHに似た作用 | 成熟した卵胞からの排卵を促す「トリガー」 | 卵胞が十分に育ったことを確認してから使用する |
HMGとFSHのどちらが「強い」「優れている」と一律に決まっているわけではありません。排卵障害の原因、内因性のLHの状態、これまでの反応、治療目的などを踏まえて選択されます。ASRMの委員会意見でも、HMGとFSH単独の治療成績に明確な優劣は示されていません。[1]

3. HMG製剤とは?
FSH作用とLH作用をあわせ持つ注射薬
HMGは、卵胞を育てるFSH作用に加えて、LH作用も持つゴナドトロピン製剤です。卵胞の発育だけでなく、卵胞の成熟や卵巣でのホルモン産生を支える目的で使われます。
特に、脳や下垂体からFSH・LHが十分に出ていないタイプの排卵障害では、FSHとLHの両方の作用が必要になることがあります。一方で、LHが体内に十分ある場合には、FSH単独で治療する選択肢もあります。[1]
「HMGだから強い」とは限らない
HMGはFSHとLHの両方の作用を持つため、FSH単独製剤より必ず強い、という意味ではありません。
薬の選択は、卵巣の反応を見ながら、必要な作用を過不足なく補うという考え方で行われます。
また、ひとくちにHMG製剤といっても、製品によってFSH活性とLH活性の構成比は同一ではありません。
同じ「HMG」という名称でも製剤ごとに特徴が異なるため、単位数や効果は必ず電子添文と治療施設の指示で確認してください。
患者さんからは「HMGとFSHはどちらが妊娠しやすいですか?」と聞かれることがありますが、薬剤名だけで妊娠率を判断することはできません。
卵胞の育ち方、排卵の有無、精子の状態、卵管や子宮の状態など、複数の要因を一緒に考える必要があります。

4. FSH製剤とは?
卵胞の発育を主に担当する薬
FSH製剤は、卵巣に働きかけて卵胞を育てる注射薬です。製剤には、遺伝子組換え技術で作られたものや、尿由来成分を精製したものなどがあります。
ASRMの委員会意見では、これらは有効性・安全性が同程度とされています。[1]
PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)などでは、体内のLHがある程度保たれていることがあり、FSH単独で卵胞発育を促す治療が選択されることもあります。
ただし、PCOSでは卵胞が複数育ちやすく、OHSS(卵巣過剰刺激症候群)や多胎妊娠のリスクにも注意が必要です。
低用量から慎重に調整する方針がとられることがあります。[1]
自己注射では「打ち方」より「打つ条件」が大切
FSH製剤は自己注射で使われることもあります。自己注射では、手技だけでなく次の点が重要です。
- 指示された曜日・時刻・単位を守る
- 冷所保存の要否、使用期限、調製後の保管方法を確認する
- 注射を忘れたときや、液漏れ・針のトラブルがあったときは自己判断で追加しない
- 次回の超音波検査日を把握しておく
注射の回数や単位を自分で増減すると、卵胞が育ちすぎる可能性があります。
迷った場合は、次の注射をどうするかをクリニックへ確認しましょう。

5. hCG製剤とは?
LHの急上昇を補う「排卵のスイッチ」
hCGは、LHに似た作用を持つホルモン製剤です。FSHやHMGで卵胞が十分に成熟した後に使い、卵子の最終成熟と排卵を促します。
hCGを使った後の排卵は、一般に投与からおよそ36〜48時間後が目安とされます。
ただし、海外の一部の添付文書では「卵胞刺激の最適なタイミングから24〜48時間後」と記載されており、資料によって幅の取り方に差があります。
実際のタイミングは卵胞の大きさ、ホルモン値、治療方法によって異なるため、タイミング法や人工授精を行う場合は、医療機関から伝えられた日時を優先してください。[1][6]
hCGを打てば必ず排卵する?
hCGは排卵を促す薬ですが、卵胞が十分に育っていない場合や、卵巣の反応が異なる場合には、期待どおりにならないこともあります。
そのため、hCGは「決められた日に打つ薬」というより、超音波検査などで卵胞の状態を確認したうえで使う薬と考えると分かりやすいでしょう。
また、卵胞が多く育っている場合は、多胎妊娠やOHSSのリスクを下げるために、hCGを見送ったり、治療周期を中止したりする判断が行われることがあります。
これは治療が失敗したという意味ではなく、安全性を優先した医学的な判断です。[1]

6. 3剤に共通する重要な注意点
超音波検査とホルモン測定が欠かせない
ゴナドトロピンを使う治療では、連続的な経腟超音波検査で卵胞の数や大きさを確認し、必要に応じて血中エストラジオール値などを測定します。
「薬を打ったから、あとは排卵を待つ」という治療ではありません。
薬への反応には個人差があるため、検査結果を見ながら、投与を続けるか、減量・中止するか、hCGを使うかを判断します。[1]
OHSS(卵巣過剰刺激症候群)
OHSSは、卵巣が刺激に反応しすぎて腫れたり、血管から水分が漏れやすくなったりする合併症です。
軽い腹部の張りや不快感で済むこともありますが、重症化すると脱水、腎機能への影響、血栓症、呼吸のしづらさなどにつながることがあります。
ゴナドトロピン治療やhCG投与後に起こりやすく、妊娠が成立すると症状が長引いたり悪化したりすることもあります。[2][3]
次のような症状がある場合は、「治療後だから仕方ない」と我慢せず、治療施設へ連絡してください。
- 腹部の張りや痛みが強くなる
- 短期間で体重が増える
- 吐き気・嘔吐が続く
- 尿が少ない、濃い
- 息苦しさ、胸の痛みがある
- 片脚の腫れや痛みがある
息苦しさ、胸痛、強い腹痛、尿が極端に少ないなどの症状は、緊急性がある場合があります。夜間や休日の連絡先も、治療開始時に確認しておくと安心です。[3]
多胎妊娠にも注意
複数の卵胞が排卵すると、双胎以上の妊娠リスクが上がります。注射薬による排卵誘発では、妊娠の最大30%が多胎になるとの報告もあります(自然妊娠では1〜2%)。[2]
排卵誘発では、妊娠率だけでなく「安全に単一卵胞を育てること」も大切な治療目標です。
卵胞が多く育ったときに、人工授精を中止したり、性交を控えるよう案内されたりすることがあります。
つらい判断に感じるかもしれませんが、母体と赤ちゃんの安全を守るための選択肢です。[1][2]
そのほか知っておきたいリスク
卵巣捻転:卵胞が多く育つと卵巣が重くなり、捻じれて血流が途絶えることがあります。頻度はゴナドトロピン治療周期の2%未満とされています。[2]
子宮外妊娠:ゴナドトロピン治療周期では、自然妊娠よりやや頻度が上がることが知られています。[2]
がんリスクへの不安:初期の研究では卵巣癌などのリスクが指摘されましたが、その後の研究では、排卵誘発剤の使用によるリスク上昇は示されていません。[1][2]

7. 薬剤師が伝えたい、治療前後の確認ポイント
治療前に伝えてほしいこと(OHSSリスクに関わる情報)
ASRMが2023年に示したOHSS予防ガイドラインでは、次のような因子がリスクとして挙げられています。[5]
- これまでにOHSSになったことがある(最も重要な既往のひとつ)
- PCOS・多嚢胞卵巣を指摘されたことがある
- 若年であること、AMH高値、AFC(前胞状卵胞数)が多い
- これまでの治療で卵胞が多数育った、採卵数が多かった
- 血栓症の既往がある(重症化時の血栓リスク評価のため)
治療全般の安全確認のため、あわせて伝えておくとよいこと
次の項目は、OHSSの特異的なリスク因子ではありませんが、治療全体の安全性を確認するうえで役立ちます。
- 卵巣嚢腫を指摘されたことがある
- 片頭痛、喘息、甲状腺疾患、肝臓・腎臓の病気がある
- 市販薬、サプリメント、漢方薬を含めて使用中の薬がある
- 自己注射に不安がある、視力や手指の動かしにくさがある
注射後に確認したいこと
- 次回の超音波検査日と、検査前に行う注射の有無
- hCGを打つ時刻、タイミング法・人工授精の予定
- 注射を忘れた場合の連絡先
- 腹痛・吐き気・体重増加があった場合の相談基準
- 24時間連絡できる窓口の有無
8. よくある質問
Q1. HMGとFSHは、どちらを使えば妊娠しやすいですか?
A. どちらかが全員に優れているわけではありません。
FSHとLHの体内の状態、排卵障害のタイプ、これまでの治療反応、治療目的によって選択されます。
薬剤名だけでなく、「自分は何を補うために使っているのか」を主治医に聞いてみましょう。[1]
Q2. hCGは卵胞を育てる薬ですか?
A. 主な役割は、成熟した卵胞に対して最終成熟と排卵を促すことです。卵胞を育てる段階では、FSHやHMGが使われます。
Q3. 注射を打った日に腹部が張るのは普通ですか?
A. 軽い張りや違和感は起こり得ますが、症状の強さや経過が重要です。
張りが増す、強い痛み、嘔吐、尿量の減少、息苦しさがある場合は、OHSSなどの可能性もあるため、治療施設へ連絡してください。[2][3]
Q4. 自己注射を1回忘れたら、次に2回分打ってもよいですか?
A. 自己判断で追加してはいけません。薬剤の種類、予定時刻、卵胞の状態によって対応が異なるため、気づいた時点で治療施設へ確認してください。
Q5. 治療後に次の一手として知っておくとよいことは?
A. ゴナドトロピン排卵誘発では、エストロゲン高値に伴って黄体期のプロゲステロンが不足しやすいため、黄体期のプロゲステロン補充が勧められることがあります。
特に視床下部性無月経では補充が有益とされています。
またPCOSでOHSSリスクが高い場合には、hCG以外のトリガー法が検討されることもあります(視床下部性無月経では内因性LHが乏しく、この方法は使えません)。[1]
まとめ
HMG・FSH・hCGは、同じ排卵誘発の場面で登場しても役割が異なります。
- HMG:FSH作用とLH作用で、卵胞の発育・成熟を支える
- FSH:主に卵胞を育てる
- hCG:LHに似た働きで、成熟した卵胞からの排卵を促す
大切なのは、「どの薬が一番強いか」ではなく、「自分の治療で、どの段階を補うために使うのか」を理解することです。
ゴナドトロピン治療は、超音波検査などで卵胞の反応を確認しながら調整する治療です。
注射の単位やタイミングを自己判断で変更せず、不安な点は主治医・看護師・薬剤師に相談してください。
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住吉先生コメント
不妊治療では、「どの薬が一番強いのか」「どの注射なら妊娠しやすいのか」と不安に思われる方も少なくありません。
しかし、HMG製剤・FSH製剤・hCG製剤は、それぞれ役割が異なり、卵胞の育ち方やホルモンの状態、治療の目的に合わせて使い分けられています。
大切なのは、薬の名前や強さだけに目を向けるのではなく、「今、自分の治療では何を目的としてこの薬を使っているのか」を知ることです。
また、排卵誘発剤への反応には個人差があります。特にゴナドトロピン製剤を使用する場合は、超音波検査などで卵胞の数や大きさを確認しながら、安全性にも配慮して治療を進めていきます。
分からないことや不安なことがあるときは、自己判断で薬の量やタイミングを変更せず、主治医や看護師、薬剤師に確認してください。
薬の役割を知ることは、不妊治療を必要以上に怖がらず、納得して治療を進めるための一つの助けになると思います。
住吉 忍先生
薬剤師・国際中医師
株式会社ウィメンズ漢方代表、臨床漢方カウンセリング協会代表理事。
薬剤師・国際中医師として、全国23か所の婦人科・不妊治療専門クリニックで漢方外来を担当。
不妊治療、特に難治性症例やプレコンセプションケア、更年期に対応した漢方処方を得意とし、西洋医学と東洋医学を融合させた治療サポートを行っています。
体質やライフステージに合わせたオーダーメイドのカウンセリングを通じて、女性の一生を支える医療の実現を目指しています。

引用・参考文献
[1] American Society for Reproductive Medicine. Use of exogenous gonadotropins for ovulation induction in anovulatory women: a committee opinion (2020). https://www.asrm.org/practice-guidance/practice-committee-documents/use-of-exogenous-gonadotropins-for-ovulation-induction-in-anovulatory-women-a-committee-opinion-2020/
[2] American Society for Reproductive Medicine / ReproductiveFacts.org. Side effects of injectable fertility drugs (gonadotropins). https://www.reproductivefacts.org/news-and-publications/fact-sheets-and-infographics/side-effects-of-injectable-fertility-drugs-gonadotropins/
[3] Royal College of Obstetricians and Gynaecologists. Ovarian hyperstimulation syndrome (患者向け情報)および The Management of Ovarian Hyperstimulation Syndrome (Green-top Guideline No.5, 第4版). https://www.rcog.org.uk/for-the-public/browse-our-patient-information/ovarian-hyperstimulation-syndrome/
[4] Royal College of Obstetricians and Gynaecologists. Green-top Guideline No.5: The Management of Ovarian Hyperstimulation Syndrome(第4版). https://www.rcog.org.uk/guidance/browse-all-guidance/green-top-guidelines/the-management-of-ovarian-hyperstimulation-syndrome-green-top-guideline-no-5/
[5] American Society for Reproductive Medicine. Prevention of moderate and severe ovarian hyperstimulation syndrome: a guideline (2023). https://www.asrm.org/practice-guidance/practice-committee-documents/prevention-of-moderate-and-severe-ovarian-hyperstimulation-syndrome-a-guideline-2023/
[6] 厚生労働省 医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議「公知申請への該当性に係る報告書(案)ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン」(資料3-2). https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000868363.pdf
※医療機関・薬剤師による患者説明を補助する目的で作成した一般向け原稿です。製品ごとの効能・効果、禁忌、用法・用量、保管方法は、必ず各製品の最新の電子添文・医療機関の指示で確認してください。

