2026年10月21日更新 門田貴子先生(臨床心理士)監修・コメント
不妊治療を始めてから、仕事が以前のように進まなくなった。
集中しようとしても、気づけば治療のことを考えている。小さなミスが増え、人と話すだけで疲れる。仕事へのやる気が出ない日もある。
そんな自分に対して、
「私の能力が落ちたのではないか」
「職場に迷惑をかけている」
「治療と仕事を両立できない私は弱い」
と感じていませんか。
でも、不妊治療中に仕事の能率が下がるのは、本人の努力や気持ちが足りないからではありません。
治療の予定、身体の変化、結果への不安、治療費、仕事の調整など、これまでになかった負担を同時に抱えているため、仕事に使える心と身体の余力が少なくなっているのです。

能力が落ちたのではなく、抱えているものが増えている
普段の自分が使える力を100と考えてみましょう。
不妊治療中は、その力の一部を次のようなことに使っています。
- 次の診察日はいつになるのか
- 薬や注射を忘れないか
- 卵子や胚は育っているか
- 今回の治療はうまくいくか
- 仕事をどう休むか
- 上司や同僚に何と説明するか
- 治療費を払い続けられるか
仕事中に治療のことを意識していなくても、心のどこかでは考え続けていることがあります。
普段は仕事に100使えていた人が、治療への対応に30を使っていれば、仕事に使える力は70になります。
これは、仕事をする能力を失ったという意味ではありません。抱えているものが増えたため、仕事に使える余力が減っている状態です。

理由1 通院日を自分だけでは決められない
不妊治療、とくに体外受精や顕微授精では、月経周期、血液検査、超音波検査、卵胞の育ち方などを見ながら、次の受診日や採卵日が決まります。
体外受精・顕微授精とは
体外受精は、身体の外で卵子と精子を受精させる治療です。顕微授精は、細い針を使って一つの精子を卵子の中へ入れる方法です。
卵胞・採卵とは
卵胞は、卵巣の中で卵子を包んで育てる袋です。採卵は、育った卵胞から卵子を取り出す処置です。
そのため、何週間も前から仕事の予定を確定するのが難しく、急に休んだり、会議や出張を変更したりしなければならないことがあります。
問題は、通院にかかる時間だけではありません。
「いつ予定が変わるか分からない」という状態が続くと、前倒しで仕事を抱えたり、休んだ分を夜や休日に埋め合わせたりしやすくなります。

理由2 仕事中も治療のことが頭から離れにくい
検査結果、採卵、胚の成長、移植、妊娠判定など、不妊治療には結果を待つ時間が何度もあります。
胚とは
卵子と精子が受精し、少しずつ成長している段階のものです。
表面上は普通に仕事をしていても、心の一部が治療のことを考え続けている場合があります。
そのようなときは、単純な作業はできても、次のような仕事が難しくなりやすくなります。
- 長時間集中する仕事
- 複数のことを同時に考える仕事
- 大切な判断が必要な仕事
- 人と交渉する仕事
- 新しいアイデアを考える仕事
「仕事中に治療のことを考えてしまう自分は駄目だ」と責める必要はありません。それだけ大きな出来事を抱えながら働いているということです。

理由3 身体の負担が仕事にも影響する
治療方法や身体の反応には個人差があります。
すべての人に症状が出るわけではありませんが、通院、自己注射、採卵などが重なると、腹部の張り、痛み、だるさ、眠気、吐き気、睡眠不足などが起こることがあります。[1]
採卵で鎮静剤を使用した場合には、処置後に眠気や判断力の低下がみられることもあります。
身体がつらいときに、集中力や仕事の速さが落ちるのは自然なことです。それを「気持ちが弱いから」と考える必要はありません。

理由4 結果を待つ不安と悲しみがある
不妊治療は、努力すれば必ず結果が出るものではありません。
採卵できなかった。胚が育たなかった。移植が中止になった。妊娠判定が陰性だった。妊娠後に流産した。
そのたびに悲しみを抱えながら、次の治療や仕事について考えなければならないことがあります。
仕事であれば、やり方を変えたり、努力を増やしたりすることで、結果を改善できる場合があります。
しかし、不妊治療では、自分の努力だけでは変えられないことが少なくありません。それでも「もっと頑張ればよかったのではないか」と、自分を責めてしまう人がいます。
治療がうまくいかなかった直後に、いつもどおり笑顔で働けないのは、弱さではありません。大切なものを失ったときに起こる、自然な心の反応です。

理由5 職場へ伝えるかどうかでも疲れてしまう
不妊治療について職場へ伝えないことは、プライバシーを守るための大切な選択です。
一方で、伝えない場合には、急な休みの理由を考えたり、誰に何を話したかを覚えておいたりする負担が生まれます。
伝える場合も、
「理解してもらえるだろうか」
「評価や昇進に影響しないだろうか」
「ほかの人に知られないだろうか」
という不安があります。
治療そのものに加えて、こうした職場での気遣いが、心の疲れを大きくすることがあります。
休んでいなくても、仕事の力が落ちることがある
会社を休んではいなくても、出勤中の集中力や判断力が落ちることがあります。これをプレゼンティーズムと呼びます。
プレゼンティーズムとは
出勤はしているものの、心身の不調によって、普段どおりの力を発揮しにくい状態のことです。
韓国の働く人を対象にした研究では、不妊治療を受けていると答えた人は、ほかの人よりも、健康上の理由による仕事への支障が大きいという結果が報告されました。[2]
ただし、この研究を「不妊治療をすると、誰でも同じ程度に仕事の能率が下がる」と読むのは正しくありません。
この研究は、ある時点で治療の状況と仕事への支障を調べたものです。治療だけが能率低下の原因だと証明したものではなく、治療方法、身体の病気、仕事内容、職場の理解、家庭の状況なども影響している可能性があります。
横断研究とは
ある一つの時点で、多くの人の状態を調べる研究方法です。二つのことに関係があるかは分かりますが、どちらが原因かまでは断定できません。
この研究から大切にしたいのは、数字の大きさではありません。
不妊治療中の仕事への影響を、「気の持ちよう」や「本人の甘え」として片づけてはいけないということです。

「以前のように働けない=能力が落ちた」ではない
不妊治療中に仕事の能率が下がるのは、本人の能力や努力が足りないからではありません。
急に決まる通院、身体の負担、結果を待つ不安、うまくいかなかったときの悲しみ、職場への説明、治療費や今後の働き方への心配などを、仕事と同時に抱えているためです。
まずは、次の二つを分けて考えてみてください。
- 今は仕事に集中しにくい
- 私は仕事ができない人間だ
最初の言葉は、現在の状態を説明しています。二つ目の言葉は、自分全体を否定しています。
「今週は妊娠判定を待っているため、集中しにくい」
「採卵後で身体がつらいため、今日は仕事が遅い」
このように、人格ではなく、今の状態として捉えることが大切です。
今の私は、能力を失ったのではない。
治療という大きな負担を抱えながら働いている。
この言葉を、つらいときに思い出してください。
次回は、以前のように働けない自分をどう受け止めればよいのか、仕事を辞めるか我慢するかの二択にしないためにはどうすればよいのかを考えます。
自分を責めすぎない考え方、職場への伝え方、1週間のセルフチェック方法を具体的に紹介します。
門田先生コメント
治療中の女性のほとんどが仕事を持っている現代では、治療と仕事の両立に伴う様々な問題は、治療に
通う女性にとって大きなストレスとなっています。生殖心理カウンセリングの現場でも、医師から次の
診察日を指示されたあと、その日にどうやって仕事を休もうか、遅刻でどうにかなるだろうか…と、毎回
仕事の調整に頭を悩ませている患者さんの声を本当によく聞きます。そして、仕事の能率低下について
の悩みも多く、治療結果で自分を責めるだけでもとても辛いのに、さらに今まで通りに仕事ができない
ことでも自信を失い、二重の自責感を抱えている方はとても多いのです。この記事では、それは自分自身
の「人格」が変わったのではなく、普段の仕事に加えて、不妊治療を両立させている今の「状態」がそう
させているのだと分けて捉えることが大切と伝えてくれています。夫婦二人の子どもを望んでの治療で
も、圧倒的に受診必要回数が多い女性は、男性とは比べものにならないくらいの負担を抱えています。今
までも仕事を頑張ってきたと思いますし、同僚をカバーしていた時期もあったかもしれません。治療は
人生の中の一時期しかできませんが、仕事はこれからの人生の中でまた集中してできる時期もあるはず。
だから今は、仕事の能率低下について自分を責めるのではなく、まずは大変な治療と仕事の両立を頑張っ
ている自分を労い、認めてあげてほしいなと思います。
門田 貴子(かどた・たかこ)先生
臨床心理士・公認心理師・(生殖心理カウンセラー)・(がん・生殖医療専門心理士)
(ノートルダム清心女子大学大学院人間発達学専攻臨床心理学コース修士課程修了)
門田貴子さんは、医療・教育・家庭支援の3領域を中心に、20年以上にわたり心理支援に携わってきた臨床心理士。
病院やクリニックでのカウンセリング、女性特有の心の悩みに関する心理教育、ストレス対処の個別支援、若い世代へのプレコンセプションケア教育などを行い、特に「医療現場での心理サポート」に強みを持っています。
これまで、不妊治療の専門知識を持つカウンセラーとして、不妊治療に伴うストレスや夫婦間コミュニケーション、流産・死産後の心のケア、治療中の不安・落ち込みへの支援など、女性のライフイベントに関わる課題を、不妊患者の治療面、経済面、心理面をトータルに幅広くサポートしてきました。
心理検査・認知行動療法・夫婦カウンセリングまで対応し、「理由の見えにくい心の重さ」を言葉にしやすくする調整役として活動しています。また、近年は医療機関のスタッフ向けに“共感の伝え方”や“患者心理の理解”をテーマにした研修も行い、院内コミュニケーション改善にも貢献されています。
優しく落ち着いた語り口と、相手の価値観を尊重しながら問題の核心を整理する技術が高く評価され、医師・看護師からの信頼も厚い実践家です。

参考文献
[1] Guy’s and St Thomas’ NHS Foundation Trust, IVF treatment: Step 2—egg collection https://www.guysandstthomas.nhs.uk/health-information/ivf-treatment/step-2-egg-collection
[2] Ko et al., Health-related productivity loss among Korean workers: evidence from a nationally representative sample https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42612995/

