2025年 生殖医療の研究動向(2)~Fertility & Sterility誌の論文から見る最新の進歩と2026年の展望

執筆日: 2026年2月22日 | 著者: 池上文尋

はじめに

生殖医療分野の権威ある学術誌「Fertility & Sterility」において、2025年は技術革新と臨床応用の両面で画期的な進歩が見られた一年でした。特に、AI(人工知能)技術の本格導入や個別化医療の深化は、不妊治療の未来を大きく変える可能性を秘めています。

本稿では、提供された資料に基づき、2025年に発表された論文の動向を整理し、注目すべき研究テーマを詳述するとともに、2026年の研究の展望を考察します。

1. 2025年のFertility & Sterilityにおける論文動向

2025年、Fertility &; Sterilityとその関連誌は、生殖医療に関する膨大な数の研究成果を発表しました。年間を通じて発表された論文総数は約1,700本を超え、この分野の研究がいかに活発であるかを示しています。

内訳は以下の通りです。

ジャーナル論文数主要分野
Fertility & Sterility (Vol. 123-124)約1,200本臨床研究・基礎研究の中核をなす論文
F&S Reports39本オープンアクセスの研究論文
ASRM学術集会アブストラクト約500本米国生殖医学会で発表された最新の研究速報

この出版数は、世界中の研究者が臨床成績の向上、新たな治療法の開発、そして不妊の原因解明に向けて精力的に取り組んでいることの証左と言えます。

2. 2025年に注目された主要な研究テーマ

2025年の論文では、いくつかのテーマが特に大きな注目を集めました。これらは、生殖医療の現場に直接的な影響を与えるブレークスルーとして位置づけられています。

2.1. AI・自動化技術の革新と臨床応用

2025年最大のトピックの一つは、AIと自動化技術が研究段階から臨床応用のフェーズへと移行したことです。特に、世界で初めて完全自動化ICSI(顕微授精)システムによって赤ちゃんが誕生したという報告は、歴史的な瞬間として記録されました。このシステムは、従来23ステップを要した複雑なプロセスをAIが完全に制御し、5個の卵子のうち4個を正常に受精させるという成功率80%を達成しました。


その他にも、以下のような技術革新が報告されています。

  • 精子選択AI:良好な精子を識別する精度が95%に到達。
  • 胚培養の自動化:培養プロセスを完全に自動化するシステムの導入。
  • タイムラプス解析:胚の発育過程を記録したタイムラプス画像をAIが解析し、良好胚の選別精度を向上。

これらの技術は、治療成績の標準化、ヒューマンエラーの削減、そして治療の効率化に大きく貢献することが期待されます。

2.2. 精密医療(個別化医療)の深化

患者一人ひとりの体質や状態に合わせた治療を提供する「精密医療」も、2025年の重要なトレンドでした。画一的なプロトコルから脱却し、より効果的で安全な治療を目指す研究が進展しました。

  • 個別化卵巣刺激療法:患者の年齢、AMH値、遺伝的背景などを考慮して最適な卵巣刺激法を決定するアプローチが実用化。
  • 胚の遺伝子検査:着床前遺伝子検査(PGT)の精度が向上し、より確実な胚選択が可能に。
  • 子宮内膜着床能(レセプティビティ):着床の成否を左右する子宮内膜側の分子メカニズム(分子スイッチ)が発見され、着床不全の原因解明と治療法開発に道を開きました。

2.3. ライフスタイル・環境因子と生殖能力

個人の生活習慣や環境が、生殖能力に与える影響についての研究も注目されました。

  • 肥満とIVF:体外受精(IVF)前の体重減少が、妊娠率を21%向上させる(RR 1.21)という画期的なデータが示されました。さらに、自然妊娠の可能性も47%増加(RR 1.47)することが明らかになり、肥満対策の重要性が再認識されました。
  • 環境因子:山火事による煙状物質が生殖能力に悪影響を及ぼすことや、プラスチック汚染と精子の質の低下との間に関連があることが報告されました。
  • 米国の出生率:総出生率が1.6を下回る歴史的な低水準を記録。40代での出産が増加する一方、20〜34歳の出産が減少しており、晩婚化・晩産化の傾向がより深刻な課題として浮き彫りになりました。

2.4. 卵子凍結の現状と課題

選択的卵子凍結(社会的卵子凍結)の利用が急増する一方で、その実態に関する詳細な分析が行われました。2014年から2021年にかけて選択的卵子凍結の実施サイクル数は4倍に増加しましたが、凍結した卵子を実際に治療に使用した女性はわずか5.7%に留まるという衝撃的な結果が報告されました。

これは、多くの女性が将来への「保険」として卵子を凍結したまま、未使用となっている現状を示唆しています。成功率に関しては、38〜40歳で7.9%、41〜42歳で8.0%と、比較的高齢での実施でも一定の成果が見られることが示されました。

2.5. PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)に関する新知見

PCOSを持つ女性の生殖に関する大規模なデータが発表され、その影響の大きさが改めて示されました。PCOS女性の不妊症率は51%に達し、PCOSでない女性(21%)の2.4倍に相当します。

また、初産年齢が平均29.5歳と遅れる傾向にあり、排卵誘発剤などの治療を必要とする割合も高いことが明らかになりました。これらのデータは、PCOSの早期診断と、将来を見据えたライフプランニングの重要性を強く裏付けるものです。

3. 2026年の生殖医療研究の展望

2025年の研究動向を踏まえると、2026年の生殖医療研究は以下の方向性でさらに加速すると予測されます。

  • AIと個別化医療の本格的な統合:2025年に臨床応用が始まったAI技術は、2026年にはさらに多くのクリニックで導入が進むでしょう。AIによる胚評価や個別化された卵巣刺激プロトコルの自動提案など、診断から治療までを一貫してサポートするシステムの開発が本格化すると考えられます。
  • 男性不妊と環境要因へのアプローチ強化:精子の質の低下が世界的な課題となる中、プラスチック汚染などの環境要因やライフスタイルが精子に与える影響に関する研究がさらに重要性を増します。男性不妊の原因解明と新たな治療法の開発が重点テーマとなるでしょう。
  • Fertility Preservation(妊孕性温存)の最適化:卵子凍結の利用率の低さという課題を受け、2026年はより適切なカウンセリング手法、費用対効果の分析、そして凍結卵子の利用を促進するための社会的・倫理的枠組みに関する議論が活発化すると予測されます。
  • 着床メカニズムの解明と治療応用:子宮内膜の「分子スイッチ」の発見を足がかりに、着床のブラックボックスを解明する研究が加速します。将来的には、着床能を最適化する新たな治療薬や介入法の開発につながることが期待されます。
  • 生殖医療へのアクセスと公平性:出生率の低下や気候変動がアクセスに与える影響といったマクロな視点での研究も継続されます。治療費、保険適用、地域格差といった社会経済的な課題に対する政策提言や解決策の模索が、重要な研究領域として位置づけられるでしょう。

総じて、2026年は2025年の技術的ブレークスルーを臨床現場に根付かせ、より多くの患者がその恩恵を受けられるようにするための「実装」の年になると考えられます。テクノロジーと生命倫理、そして社会政策が交差する領域で、さらなる議論と研究の深化が期待されます。

参考資料

Fertility and Sterility | All Journal Issues https://www.sciencedirect.com/journal/fertility-and-sterility/issues

The Top Fertility Trends Shaping 2026 https://number1fertility.com/the-top-fertility-trends-shaping-2026/

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