Cocobaby編集部 専門家監修・コメント記事
不妊の原因は男女ほぼ同程度と言われているにもかかわらず、 なぜ治療の現場では男性の存在が見えにくいのか。
心理・文化・環境の三つの視点から、その構造的背景を読み解く。
不妊の原因のおよそ半数は男性側にあるとされている。
それにもかかわらず、 不妊治療の現場では女性中心の構造が続き、男性がカウンセリングを受ける割合は 著しく低いままだ。
この「見えない当事者」が生まれる背景には、 複数の要因が深く絡み合っている。
男性は「当事者」だと気づきにくい
まず根本的な認識の問題がある。多くの男性が「不妊は主に女性側の問題」と捉え、 検査やカウンセリングの必要性を低く見積もる傾向がある[2]。
「いつか自然に授かるだろう」という楽観視も少なくなく、 治療の負担を事実上パートナーに委ねてしまう構造が生まれやすい。
その結果として、女性は積極的に情報を集めて話し合おうとする一方、 男性は解決策志向で感情の共有を避けるという、夫婦間の「温度差」が顕在化しやすい[2]。
これは意欲の差というよりも、「自分も当事者だ」という意識が育ちにくい 環境的・文化的な背景に起因している。
男性の不妊とアイデンティティの問題
| 精子は「男らしさ」の象徴として扱われがち 精子は無意識のうちに「男性の象徴」と結びつけられやすく、 検査や診断で問題が見つかると、自己のアイデンティティや存在価値を 否定されたような深いショックを受けるケースが多い[1]。 無精子症と診断された男性が強烈な羞恥心や罪悪感を報告するケースも知られており、 「タネナシ」のような自虐的な表現でしか感情を吐き出せない状況も生まれている。 |
| 伝統的なジェンダー規範が助けを求めることを阻む 「男は強くあるべき」「弱さをさらけ出すな」という伝統的な ジェンダー規範は、感情の抑圧を促し、支援を求めることを 「弱さ」として内面化させる[1]。 海外の研究でも、男性不妊に伴うスティグマ(社会的な烙印)が、 専門家への相談や心理的サポートを求める行動を顕著に阻害すると指摘されている[1]。 |
男性は不妊がもたらす心理的影響(喪失感・孤立感・無力感)を 強く受けやすいにもかかわらず、支援を求めにくい「忘れられた存在」と 表現されることがある[5]。
感情を外に出せないまま問題を抱え込むことで、 孤立のリスクがさらに高まる。

検査・治療環境への心理的ハードル
不妊治療への第一歩である「精液検査」自体に、 大きな心理的ハードルが存在する。
採精という行為への羞恥心や違和感は 見過ごせない障壁であり、「医療機関の指定した部屋でマスターベーションをする」 ことへの抵抗感を多くの男性が訴える[3]。
また、不妊クリニックや婦人科の空間構成そのものが男性の来院を遠ざけている面もある。
待合室が女性中心で、内装・雑誌・掲示物がすべて女性向けに設計されているクリニックは多く、 男性一人が足を運ぶには居心地の悪さを感じさせる[3]。
泌尿器科や男性不妊専門外来を選ぶ人もいるが、全体として 「男性には敷居が高い場所」という印象が根強い。
結果を知ることへの恐怖と現実逃避
「自分に原因があったらどうしよう」「その現実を受け止める自信がない」 という不安から、積極的に検査やカウンセリングを回避しようとする心理も働く[4]。
診断が確定した場合、手術などの治療選択を迫られることや、 夫婦関係への影響を恐れる感情も関係している。
男性は一般的に感情を内面化しやすく、ストレスを外部に表出せず孤立しがちである。
カウンセリングを「必要ない」「話しても解決しない」と感じる傾向もあり[4]、 心理的な支援そのものへの親和性が低い文化的背景がさらに障壁を高める。
仕事・時間・経済的な実践的障壁
現実的な制約も無視できない。採精のタイミングに合わせて 会社を休んで通院することが難しい環境にある男性は多い。
特に日本では、男性が医療機関に通うために有給休暇を取ることへの 職場の理解が十分でないケースが多い[3]。
治療全体にかかる経済的負担を意識するあまり、 「それだけのコストをかけてまで子どもを持ちたいか」と 自問してしまうケースもある。
加えて、カウンセリング自体が 「心理的なもの・弱い人が受けるもの」と見なされる文化的な風潮が、 男性の積極的な利用を阻んでいる[3]。

要因の整理:なぜ男性はカウンセリングを受けないのか
| カテゴリ | 主な要因 |
| 心理的要因 | アイデンティティへのダメージ、羞恥心・罪悪感、診断結果への恐怖、感情の内面化 |
| 文化的・社会的要因 | ジェンダー規範(「男は強く」)、不妊スティグマ、「女性の問題」という認識のずれ |
| 環境的要因 | クリニックの女性中心設計、採精への心理的ハードル、男性専門外来の少なさ |
| 実践的要因 | 通院と仕事の両立困難、経済的負担の意識、カウンセリングへの親和性の低さ |
変化の兆し:男性因子が判明すると動きが変わる
悲観的な現状の一方で、希望を示すデータもある。 男性側に原因が判明した場合、カウンセリングへの参加率が上昇するという知見があり[5]、 「自分も当事者だ」という意識が芽生えると、行動が変わる可能性を示唆している。 認識の変容が支援利用の入口になりうるということだ。
これらの傾向は日本特有のものではなく、国際的に共通する問題として 研究者や医療者から注目が高まっている[5]。 医療システム側が男性の参加を促す工夫(予約の柔軟化、男性向け情報提供、 院内環境の整備など)を積み重ねることも不可欠だ。
| どうすれば変えられるか:当事者と周囲へのヒント 夫婦でオープンに話す: 男性の回避行動を「無関心」ではなく、「男らしさのプレッシャーから来る感情反応」として 捉え直すことで、対話のきっかけが生まれやすくなる。 男性向けの受診窓口を活用する: 泌尿器科・男性不妊専門クリニック・オンライン相談など、 心理的ハードルの低い選択肢から始めることを検討する。 夫婦カウンセリングという形も有効なアプローチの一つ。 クリニック側の取り組みも重要: 男性が来院しやすい時間帯の設定、男性向け資料の充実、 待合スペースの工夫など、医療提供側の環境整備が男性参加率を高める鍵になる。 専門家に相談することをためらわない: 不妊は夫婦共同の課題。男性のカウンセリング参加は、 治療成績の向上だけでなく、夫婦関係の維持・強化にも貢献することが示されている。 |

おわりに
男性が不妊治療のカウンセリングを受けない理由は、 単なる「無関心」や「拒否」では説明しきれない。 ジェンダー規範、スティグマ、環境設計の偏り、実践的な障壁が 重なり合うことで、男性は「忘れられた当事者」になりやすい構造が 社会に組み込まれている。
不妊治療を夫婦双方の問題として捉え直し、 男性が安心して支援を求められる環境を医療・社会・職場の各レベルで整えていくことが、 これからの不妊治療の課題といえる。
参考情報
1. 男性不妊のスティグマと支援阻害要因に関する研究 — ARC Fertility: https://arcfertility.com
2. 不妊治療における男性の当事者意識と夫婦間の温度差 — すぐケア: https://sugucare.jp
3. 不妊クリニックにおける男性の検査・受診環境 — Sofy: https://sofy.jp
4. 男性の感情内面化とカウンセリング回避行動 — 毎日新聞「はなそね」: https://hanasone.mainichi.jp
5. 男性因子判明後のカウンセリング参加率変化に関する研究 — ScienceDirect: https://sciencedirect.com
※ 本記事の内容は提供された調査資料をもとに構成しています。 個別の治療・医療判断については、必ず専門医またはカウンセラーにご相談ください。
専門家コメント
門田貴子先生コメント
二人の子どもが欲しくて始めた治療であっても、女性と男性では治療に対する思いも、理解や認識も、治療で体験することも、自分の気持ちの表現方法も、様々な違いを夫婦は抱えていくことになります。
女性のカウンセリングでは、その性差から生じる夫へのネガティブな思いを語られることも多いので、この記事のように、男性が抱えている状況や今後のヒントがわかりやすく整理されることは、夫への理解に繋がる手立てになりますね。
男性のカウンセリング数は非常に少ないですが、カウンセリングの中で語られる思いは「妻が泣いている時に、どう慰めてあげたらいいかわからない」「自分のせいで妻に心身ともに負担をかけていて申し訳ない。妻をお母さんにしてあげたい」など、妻への愛情にあふれている言葉が多いです。
夫婦カウンセリングは、この思いを妻へ伝えられるとても貴重な機会になります。
生殖補助医療の保険化で、治療計画には夫婦同席が原則となり、男性がクリニックに来るきっかけは増えてきています。
男性も早い時期から「当事者」になり、女性と同じようにカウンセリングを利用できるような環境の変化が望まれますね。
門田貴子先生プロフィール
臨床心理士・公認心理師・(生殖心理カウンセラー)・(がん・生殖医療専門心理士)
(ノートルダム清心女子大学大学院人間発達学専攻臨床心理学コース修士課程修了)
門田貴子さんは、医療・教育・家庭支援の3領域を中心に、20年以上にわたり心理支援に携わってきた臨床心理士。
病院やクリニックでのカウンセリング、女性特有の心の悩みに関する心理教育、ストレス対処の個別支援、若い世代へのプレコンセプションケア教育などを行い、特に「医療現場での心理サポート」に強みを持っています。


