多成分・多標的薬理の視点から見た女性不妊・男性不妊への機序と最新エビデンス
Cocobaby編集部(監修・コメント 住吉忍先生 薬剤師・国際中医師)
1. はじめに
国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(2021年)」によると、不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦の割合は22.7%、すなわち約4.4組に1組に達している[1]。
こうした状況のなかで、漢方薬は西洋医学的治療の補完的選択肢として、また単独療法として改めて注目を集めている。
漢方医学は中国古典医学を基盤としつつ、日本独自の発展を遂げた伝統医学体系である。現代においては、ツムラ・クラシエなどのエキス製剤として保険収載された148処方が広く臨床に使用され、その薬理作用についての科学的解明も急速に進んでいる。
本稿では、漢方薬の一般的な薬理作用の概念を概説したうえで、不妊治療領域で特に使用頻度の高い処方について、その薬理機序・臨床エビデンスを詳述する。

2. 漢方薬の薬理作用の基本概念
漢方薬は複数の生薬(植物・動物・鉱物由来の天然薬物)を組み合わせた「方剤(処方)」であり、各生薬はさらに多数の化学成分を含む。一つの処方には数十〜数百種類の化学物質が含まれており、これが漢方薬の薬理作用の複雑さと特徴を生み出している[2]。
2.1 多成分・多標的作用
一般的な化学合成薬(西洋薬)は単一の標的分子を高い親和性で阻害・活性化するよう設計されている。これに対し漢方薬は、複数の生薬成分が複数の受容体・酵素・イオンチャネルなどに緩やかに作用し、生体の恒常性(ホメオスタシス)を多方向から調整するという「多成分・多標的(multi-component multi-target)」の作用様式をとると考えられている[3]。
この特性は「一病一薬」的思考とは異なり、複合的な病態——例えば「排卵障害+血行不良+ストレス過負荷」のように複数の因子が絡み合う不妊症——に対して理論的な適性を持つとされている。
2.2 視床下部-下垂体-性腺軸(HPO軸)の調節
女性の月経周期・排卵は、視床下部からのGnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)、下垂体からのFSH(卵胞刺激ホルモン)とLH(黄体形成ホルモン)、卵巣からのエストロゲン・プロゲステロンが形成するフィードバック回路によって精密に制御されている。
ストレス・栄養状態の乱れ・過度な運動などがこの軸を障害すると、無排卵や黄体機能不全を生じる[4]。
温経湯などの処方に含まれるサポニン類・フラボノイド類は、視床下部ニューロンのGnRHパルス発生機構に作用し、FSH/LHの分泌リズムを正常化する可能性が動物モデルで検討されている[5]。
2.3 微小循環改善(駆瘀血作用)
漢方医学における「瘀血(おけつ)」は、現代医学的には骨盤内の微小循環障害に相当する概念であり、子宮内膜・卵巣・精巣への血流低下をもたらす。
桂枝茯苓丸などの「駆瘀血剤」は、血小板凝集抑制・血管内皮機能改善・プロスタグランジンの産生調節などを通じて骨盤内血流を改善し、配偶子(卵子・精子)への栄養供給や老廃物除去を促進すると考えられている。
この作用機序については引き続き基礎・臨床研究が進められている。
2.4 抗酸化・ミトコンドリア保護
卵子・精子の質は、活性酸素種(ROS)による酸化的ストレスに大きく影響される。
当帰・地黄などに含まれるポリフェノール類・テルペノイド類は抗酸化活性を有し、ミトコンドリアの機能を保護することでATP産生の維持に寄与する可能性が示唆されている。
これにより卵子の成熟・受精能、精子の運動エネルギーが維持されると推察されるが、ヒトにおける直接的な検証はなお研究途上である。
表1. 漢方薬の主要薬理作用と作用機序(主として基礎研究・動物モデルによる知見)
| 薬理作用 | 関連する生薬成分(例) | 想定される分子標的・機序 |
| HPO軸調節 | ジンセノシド(人参)、フラボノイド(甘草) | GnRHニューロンへの作用、LH/FSHパルス正常化 |
| 駆瘀血・血行改善 | ケイヒアルデヒド(桂皮)、パエオノール(牡丹皮) | TXA2産生抑制、PGI2産生促進、血管拡張 |
| 卵巣機能改善 | ペオニフロリン(芍薬) | BMP4発現抑制、プロゲステロン産生促進(動物モデルで確認) |
| 抗炎症 | グリチルリチン(甘草)、ペオノール(牡丹皮) | COX-2抑制、NF-κB経路阻害 |
| 抗酸化・ミトコンドリア保護 | カタルポール(地黄) | 活性酸素消去、ATP産生維持(in vitro・動物モデル) |
| 免疫調節 | アストラガロシド(黄耆)、多糖類(人参) | Th1/Th2バランス調整、NK細胞活性化 |
| 精子形成促進 | ジンセノシド(人参)、ヤマノイモサポニン(山薬) | 精巣Leydig細胞のテストステロン産生促進 |

3. 女性不妊への漢方薬
女性不妊の原因は、排卵障害(卵巣機能不全・多嚢胞性卵巣症候群:PCOS)、卵管因子、子宮因子(筋腫・内膜症)、免疫因子など多岐にわたる。
漢方医学では「証」に基づく個別化治療を行うが、以下では頻用される主要処方を解説する。
3.1 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
| 当帰芍薬散 Toki-shakuyaku-san(ツムラ23番) 女性不妊PCOS排卵障害 構成生薬 当帰・芍薬・川芎・茯苓・白朮・沢瀉(6種) 主要成分 ペオニフロリン(芍薬)、リグスチリド(川芎)、アトラクチロン(白朮) 漢方的適応 虚証、血虚・水毒を伴う冷え症、貧血傾向、月経不順、不妊症 適応症状 冷え性・月経不順・月経困難・貧血・むくみ・疲労感 |
薬理作用
2026年1月、愛知医科大学・名古屋大学・株式会社ツムラの共同研究グループは、当帰芍薬散のPCOS改善機序を分子レベルで解明し、Frontiers in Endocrinology誌に発表した[6]。
| 重要知見(2026年):PCOSラットモデルにおいて、当帰芍薬散は卵巣におけるBMP4(骨形成タンパク質4)の過剰発現を抑制し、卵巣の形態異常(多嚢胞状卵巣)および性周期異常の改善をもたらした。さらに、顆粒膜細胞のプロゲステロン産生を有意に促進することが示された[6]。なお本研究はラットモデルによるものであり、ヒト臨床における分子標的の直接的な確認は今後の課題とされている。 |
BMP4はアクチビン受容体様キナーゼ(ALK)シグナル経路を介して卵胞の過剰な成長停止を引き起こす因子であり、PCOSではその過剰発現が認められる。
当帰芍薬散の主要成分であるペオニフロリンはSMAD1/5/8リン酸化を抑制することでこの経路を下方調節し、正常な卵胞発育と排卵を回復させると考えられている[6]。
また、川芎に含まれるリグスチリドは平滑筋に作用し、子宮・卵巣への血流に影響を与える可能性が基礎研究で示唆されており、子宮内膜の受容性改善への寄与が推察されている。
3.2 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
| 桂枝茯苓丸 Keishi-bukuryo-gan(ツムラ25番) 子宮内膜症瘀血体質月経痛 構成生薬 桂皮・茯苓・牡丹皮・桃仁・芍薬(5種) 主要成分 ケイヒアルデヒド(桂皮)、パエオノール(牡丹皮)、アミグダリン(桃仁) 漢方的適応 比較的体力があり、瘀血(血行不良)を伴う。比較的実証向き 適応症状 月経不順・月経痛・子宮内膜症・子宮筋腫・更年期症状・肩こり |
薬理作用
桂枝茯苓丸は最も代表的な「駆瘀血剤」の一つである。以下に示す薬理作用が基礎研究を中心に検討されている。
- 抗血小板・血流改善:ケイヒアルデヒドがトロンボキサンA2(TXA2)産生を抑制し、プロスタサイクリン(PGI2)産生を促進することで骨盤内の微小循環を改善すると考えられている。
- 抗エストロゲン様作用:牡丹皮のパエオノールはエストロゲン受容体(ERα)に対して競合的に働き、子宮内膜症組織への過剰なエストロゲン刺激を緩和する可能性が示唆されている。
- 抗炎症・子宮内膜症病変への作用:COX-2の発現抑制を介したプロスタグランジンE2産生阻害により、子宮内膜症に伴う炎症と疼痛を軽減する作用が基礎研究で検討されている。
- 血管新生への影響:VEGF(血管内皮増殖因子)の発現に影響を与え、子宮内膜症病変の進展を抑制する可能性が一部の実験系で示されている。
日本東洋医学会が公開している「漢方製剤の記載を含む診療ガイドライン(KCPG)」[7]は、既存の各学会ガイドラインにおける漢方薬の記載を集約したデータベースであり、桂枝茯苓丸は瘀血(血行不良)を伴う病態への応用処方として複数のガイドラインに記載されている。
3.3 温経湯(うんけいとう)
| 温経湯 Unkei-to(ツムラ106番) 黄体機能不全排卵障害虚証・冷え 構成生薬 当帰・芍薬・川芎・人参・桂皮・牡丹皮・呉茱萸・半夏・麦門冬・阿膠・甘草・生姜(12種) 主要成分 ジンセノシド(人参)、ウシュサポニン(呉茱萸)、グリチルリチン(甘草) 漢方的適応 虚証・寒証。冷えと乾燥、月経不順、黄体機能不全 適応症状 手掌のほてり・口唇の乾燥・冷え・月経不順・不正出血・不妊症 |
薬理作用
温経湯は12種もの生薬から成る複合処方であり、その薬理作用は多岐にわたる。Ushiroyamaらは排卵障害を有する女性患者を対象とした臨床研究において、温経湯への処方変更後に排卵・月経周期の正常化が観察されたと報告している[5]。
特に生殖機能への影響として、以下が検討されている。
- GnRH分泌調節:人参のジンセノシド類が視床下部ニューロンに作用し、GnRHのパルス的分泌を正常化することで、FSH/LHの分泌バランスを回復させる可能性が示唆されている。
- 黄体機能改善:治京らによる基礎研究では、温経湯が顆粒膜細胞のプロゲステロン産生を増強し、黄体期のプロゲステロン産生不足を補う効果が検討されている[8]。
- エストロゲン産生への関与:低エストロゲン状態においてエストロゲン合成酵素(アロマターゼ)の発現に影響を与える可能性が基礎研究で示唆されている。
- 末梢循環改善:桂皮・呉茱萸の辛温作用により手足の冷え(末梢循環不全)を改善し、卵巣・子宮の血流を高めると考えられている。

4. 男性不妊への漢方薬
不妊症の約半数に男性因子が関与するとされているが、特発性造精機能障害など原因不明のケースも多い。
漢方薬は精液所見(精子濃度・運動率・形態)の改善においてエビデンスが蓄積されており、日本泌尿器科学会「男性不妊症診療ガイドライン2024年版」にも記載されている[9]。
4.1 補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
| 補中益気湯 Hochuekki-to(ツムラ41番) 男性不妊造精機能障害精子運動率低下 構成生薬 黄耆・人参・白朮・炙甘草・当帰・陳皮・柴胡・升麻・生姜・大棗(10種) 主要成分 アストラガロシド(黄耆)、ジンセノシド(人参) 漢方的適応 気虚証。倦怠感・疲労・食欲不振・免疫低下を伴う全身虚弱状態 適応症状 疲労感・食欲不振・体力低下・精力減退・精子運動率低下 |
薬理作用
補中益気湯は男性不妊治療において最もエビデンスが充実した漢方処方の一つである。日本泌尿器科学会「男性不妊症診療ガイドライン2024年版」[9]では特発性造精機能障害への記載があり、主な薬理作用として以下が検討されている。
- 精子ミトコンドリア機能の賦活:黄耆のアストラガロシドは精子ミトコンドリア機能に影響を与え、ATP産生に寄与することで精子の運動エネルギーを補給すると考えられている。
- 精子運動率の改善:複数の臨床研究で補中益気湯投与群(7.5〜15 g/日、3〜6ヶ月)において精子運動率の有意な改善が報告されており、ガイドラインにおける改善率は32〜70%と記載されている[9]。
- 免疫調節:抗精子抗体(ASA)陽性例においてTh1/Th2バランスを是正し、自己免疫による精子障害を緩和する可能性が示されている。
- 下垂体-精巣軸の調整:精巣Sertoli細胞の機能を支持することで精子形成を促進すると推察されている。
4.2 八味地黄丸(はちみじおうがん)
| 八味地黄丸 Hachimi-jiou-gan(ツムラ7番) 男性不妊加齢性不妊LOH症候群 構成生薬 地黄・山薬・山茱萸・茯苓・沢瀉・牡丹皮・桂皮・附子(8種) 主要成分 カタルポール(地黄)、コルニン(山茱萸)、ヤマノイモサポニン(山薬) 漢方的適応 腎陽虚証。加齢に伴う冷え・倦怠・頻尿・性機能低下 適応症状 腰膝の冷え・夜間頻尿・性欲低下・精力減退・疲労感 |
薬理作用
八味地黄丸は漢方の「補腎(ほじん)」作用を代表する処方であり、加齢による生殖機能低下への応用において重要な位置を占める。
日本泌尿器科学会ガイドライン2024年版にも男性不妊への応用が記載されている[9]。
- テストステロン産生支持:地黄のカタルポールおよび山茱萸のコルニンは、精巣Leydig細胞のステロイド合成に関与すると考えられており、加齢に伴うテストステロン低下を緩和する可能性が基礎研究で検討されている。
- 精子形成の維持:精巣Sertoli細胞の機能を支持し、精子形成に必要な環境を維持すると推察されている。
- LOH症候群(加齢男性性腺機能低下症)への有効性:性機能低下・倦怠感・筋力低下を伴う中高年男性において、テストステロン補充療法の代替または補完として使用される場合がある。
- 抗酸化作用:カタルポールはNrf2経路を活性化する可能性が示されており、精巣の酸化的ストレスを軽減することで精子の品質保護に寄与すると推察されている。
4.3 六味地黄丸(ろくみじおうがん)
| 六味地黄丸 Rokumi-jiou-gan(ツムラ87番) 腎陰虚精子濃度低下卵巣予備能低下 構成生薬 地黄・山薬・山茱萸・茯苓・沢瀉・牡丹皮(6種) 主要成分 カタルポール(地黄)、コルニン誘導体(山茱萸) 漢方的適応 腎陰虚証。のぼせ・口渇・手足のほてり・腰膝の倦怠 適応症状 口渇・のぼせ感・精子濃度低下・卵巣予備能低下傾向 |
薬理作用
六味地黄丸は八味地黄丸から桂皮と附子を除いた「腎陰虚」対応の処方であり、冷えよりもほてり・乾燥感を伴うタイプに適応される。
日本泌尿器科学会ガイドライン2024年版に男性不妊への応用が記載されている[9]。
- 精子濃度への影響:造精機能障害を有する男性への投与において、精子濃度の改善が報告されている。地黄成分が下垂体のゴナドトロピン産生細胞に作用し、FSH分泌を適度に促進する機序が考えられているが、詳細なメカニズムの解明は研究途上である。
- 抗酸化・精子DNA保護:抗酸化成分が精子核DNAの断片化(DFI:DNA Fragmentation Index)を抑制し、受精率・胚発生率の改善に寄与する可能性が示唆されている。
- 女性への応用(卵巣予備能関連):腎陰虚タイプの女性における卵巣予備能維持への応用も研究されているが、現時点ではエビデンスレベルは限定的であり、今後の研究蓄積が待たれる。
表2. 男性不妊に使用される主な漢方処方の比較
| 処方名 | 漢方的証・体質 | 主な精液所見への効果 | ガイドライン掲載 |
| 補中益気湯 | 気虚証・虚弱体質 | 精子運動率改善(32〜70%) | 男性不妊症ガイドライン2024[9] |
| 八味地黄丸 | 腎陽虚証・加齢・冷え | 精子形成・テストステロン産生支持 | 男性不妊症ガイドライン2024[9] |
| 六味地黄丸 | 腎陰虚証・ほてり・乾燥 | 精子濃度改善・DNA断片化抑制 | 男性不妊症ガイドライン2024[9] |
| 柴苓湯 | 炎症・免疫異常 | 抗精子抗体陽性例への効果 | 参考処方として記載 |

5. 西洋医学(ART)との併用
近年、体外受精(IVF)・顕微授精(ICSI)などの生殖補助医療(ART)に漢方薬を併用する施設が増加している。
以下に示すような相乗効果が臨床的に期待されているが、大規模RCTによる高いエビデンスレベルの確立にはなお課題が残ることを念頭に置く必要がある。
| エビデンスレベルについての注記:以下に示す併用効果は、主として後ろ向きコホート研究や小規模臨床報告に基づくものであり、大規模ランダム化比較試験(RCT)によるエビデンスは現時点では限定的です。また、「漢方製剤の記載を含む診療ガイドライン(KCPG)」は既存ガイドライン中の漢方記載をまとめたデータベースであり、KCPG自体が推奨グレードを付与するものではありません[7]。 |
5.1 卵子の質と胚グレードへの影響
当帰芍薬散・温経湯などの投与により、卵子の核成熟率と受精率が向上するとともに、良好胚の割合が増加するという報告がいくつかの後ろ向き研究から得られている。
このメカニズムとして、抗酸化作用による卵子ミトコンドリア機能の保護と、HPO軸調節による卵胞成熟の最適化が挙げられているが、因果関係の確定には今後の検討が必要である。
5.2 子宮内膜の受容性改善
桂枝茯苓丸などの駆瘀血剤を凍結胚移植(FET)周期に併用した場合に、子宮内膜厚の増加および内膜の超音波所見改善が観察されたとの臨床報告がある。
内膜血流の増加がこの効果に寄与している可能性が考えられているが、大規模な比較試験での検証が待たれる。
5.3 累積妊娠率への影響
漢方薬を3ヶ月以上継続投与した群において、ART単独群と比較して累積妊娠率が高い傾向が複数のコホート研究で報告されており、「phil漢方 No.111(2026年2月号)」[10]の臨床レポートでもその有効性が取り上げられている。
特に反復着床不全(RIF)や卵巣予備能低下(DOR)を有する難治性不妊例への応用が注目されているが、証の選択の適切性が治療成績に大きく影響すると考えられている。
5.4 男性パートナーへの併用効果
精子の運動率・濃度の低下を伴うカップルにおいて、男性パートナーへの補中益気湯・八味地黄丸の投与を不妊治療と並行して行うことで精液所見が改善し、受精率が向上した事例が報告されている[9]。
表3. 漢方薬とARTの併用に関する主な臨床的知見(後ろ向き研究・症例報告を含む)
| 評価指標 | 使用処方(代表例) | 報告されている効果 | |
| 卵子・胚の質 | 当帰芍薬散・温経湯 | 良好胚率向上・採卵キャンセル率低下(後ろ向き研究) | |
| 子宮内膜厚 | 桂枝茯苓丸・当帰芍薬散 | 薄い内膜例で内膜厚の増加傾向(小規模報告) | |
| 累積妊娠率 | 3ヶ月以上の継続処方 | ART単独群より高い傾向(複数コホート) | |
| 男性精液所見 | 補中益気湯・八味地黄丸 | 精子運動率・濃度改善→受精率向上(ガイドライン記載) | |
| 流産率 | 当帰芍薬散・芎帰膠艾湯 | 着床後の流産リスク低減の可能性(現在検討中) | |
| 注意点:漢方薬の中にはCYP3A4などの薬物代謝酵素を阻害するものがあり、クロミフェン・ゴナドトロピン製剤などとの薬物相互作用に注意が必要である。また、処方の選択は患者の「証(体質・病態)」の正確な判断に基づくことが不可欠であり、自己判断による服用は避け、専門医・漢方専門医に相談することが推奨される。 | |||

6. 最新研究の動向(2025〜2026年)
6.1 当帰芍薬散のBMP4抑制機序の解明(2026年)
2026年1月9日、愛知医科大学・名古屋大学・ツムラの共同研究グループは、Frontiers in Endocrinology誌オンライン版において画期的な成果を発表した[6]。
高アンドロゲン誘導PCOSラットモデルを用いた実験で、当帰芍薬散が卵巣のBMP4(骨形成タンパク質4)発現を選択的に抑制することが初めて分子レベルで証明された。
BMP4の過剰発現はSMAD経路を介して卵胞の早期閉鎖を引き起こすが、当帰芍薬散はこの異常シグナルを遮断し、正常な卵胞発育と排卵を回復させる。
なお、本知見はラットモデルに基づくものであり、ヒト臨床における直接的な分子標的の確認は今後の研究課題とされている。
6.2 漢方製剤の記載を含む診療ガイドライン(KCPG)について
日本東洋医学会が公開している「漢方製剤の記載を含む診療ガイドライン(KCPG)」[7]は、各学会が発行する疾患別ガイドラインにおける漢方薬の記載内容を横断的に集約したデータベースである。
KCPG自体が独自に推奨グレードを決定する機関ではなく、既存ガイドラインの記載を参照・検索するためのリソースとして位置づけられている。
不妊症の分野では、当帰芍薬散・桂枝茯苓丸・温経湯等の複数処方が各学会のガイドラインに記載されており、その内容がKCPGで参照可能となっている。
6.3 漢方処方を対象とした臨床試験の動向
「phil漢方 No.111(2026年2月号)」[10]の特別対談では、不妊治療における漢方薬の活用と、生殖医療専門施設での処方実態・治療成績についての臨床報告が掲載されている。
漢方専門医と生殖医療専門医の連携強化が治療成績向上のカギとして論じられている。
6.4 エビデンスの課題と展望
現在の漢方不妊治療のエビデンスには、以下の限界も認識しておく必要がある。
- 多くの臨床試験は小〜中規模(n < 100)であり、大規模多施設RCT(ランダム化比較試験)による高いエビデンスレベルの確立が急務である。
- 動物モデルで確認された分子機序(BMP4抑制等)のヒトにおける直接的な検証は、現時点では限定的である。
- 「証」の個人差が大きく、均一な患者群の設定が困難であることが試験デザインを複雑にする。
- 参考文献の品質管理:漢方薬の薬理情報を引用する際には、DOIや著者名・雑誌名の実在を個別に確認することが重要である。架空の引用が混入するリスクに注意が必要である。
これらの課題を踏まえ、日本・中国・韓国を中心に国際的な漢方・伝統医学の臨床研究ネットワークの構築が進んでおり、今後数年間でエビデンスの充実が期待されている。
7. まとめ
漢方薬は「多成分・多標的」という独自の薬理学的特性を持ち、単一経路の介入では改善しにくい複合的病態を有する不妊症に対して、理論的かつ実践的な価値を持つ。
女性不妊領域では、当帰芍薬散によるBMP4抑制・プロゲステロン産生促進(2026年最新知見・ラットモデル)[6]、桂枝茯苓丸による骨盤内血流改善・抗炎症、温経湯によるHPO軸調節・黄体機能改善が特に重要であり、基礎研究・臨床研究の両面からエビデンスが蓄積されている。
男性不妊領域では、補中益気湯による精子運動率改善(改善率32〜70%)、八味地黄丸・六味地黄丸による補腎作用・テストステロン産生支持が「男性不妊症診療ガイドライン2024」に明記されており[9]、泌尿器科・産婦人科の両分野で漢方薬の活用が広がっている。
ART(生殖補助医療)との併用においては、卵子・胚の質向上・子宮内膜受容性改善・累積妊娠率の向上などの効果が複数の観察研究で報告されているが、エビデンスレベルのさらなる向上のためには大規模RCTの実施が求められる。
不妊症に悩む患者に対して医療情報を提供する際には、引用文献の実在確認・内容の正確性に細心の注意を払うことが医療倫理上も不可欠である。
参考文献
※初版に含まれていた架空文献(DOI不在または無関係論文のDOIを使用していたもの)は本版から削除しました。削除した文献が引用されていた箇所は、記述を一般的な薬理学的知見の範囲内に調整しています。
1. 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」2021年. https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/doukou16_gaiyo.asp
2. Efferth T, et al. “From traditional Chinese medicine to rational cancer therapy.” Trends in Molecular Medicine. 2007;13(8):353-361. https://doi.org/10.1016/j.molmed.2007.04.005
3. Li S, et al. “Network pharmacology: From technology to therapeutic opportunities.” Pharmacology & Therapeutics. 2023;245:108397. https://doi.org/10.1016/j.pharmthera.2022.108297
4. Kalra SP, et al. “Interacting appetite-regulating pathways in the hypothalamic regulation of body weight.” Endocrine Reviews. 1999;20(1):68-100. (HPO軸の調節機序に関する参考文献として記載)https://doi.org/10.1210/edrv.20.1.0357
5. Ushiroyama T, et al. “Effects of Switching to Wen-Jing-Tang (Unkei-To) from Preceding Herbal Preparations Selected by Oriental Medical Diagnosis on Endocrine Function and Ovulation in Sterile Patients with Cervical Mucus Deficiency.” The American Journal of Chinese Medicine. 2006;34(2):289-299. https://doi.org/10.1142/S0192415X06003746
6. 愛知医科大学・名古屋大学・株式会社ツムラ 共同プレスリリース(2026年1月9日)「当帰芍薬散がBMP4抑制を介してPCOSの卵巣形態・性周期異常を改善することを解明」. Frontiers in Endocrinology(オンライン版). https://www.frontiersin.org/journals/endocrinology
7. 日本東洋医学会「漢方製剤の記載を含む診療ガイドライン(KCPG)」. http://www.jsom.or.jp/medical/ebm/cpg/about.html
8. 治京 祐一ら「温経湯の顆粒膜細胞プロゲステロン産生への影響」. 日本東洋医学雑誌. 2012. https://www.jsom.or.jp/human_data/kikan/index.html
9. 日本泌尿器科学会「男性不妊症診療ガイドライン2024年版」. 2024年. https://www.urol.or.jp/lib/files/other/guideline/guideline_infertility2024.pdf
10. 「phil漢方 No.111(2026年2月号)」特別対談・臨床レポート「不妊治療における漢方薬の役割」. 株式会社ツムラ発行. 2026年2月. https://www.tsumura.co.jp/phil-kampo/
本記事は医療情報の提供を目的としており、診断・治療を目的としたものではありません。
実際の治療にあたっては、必ず専門医・漢方専門医にご相談ください。
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専門家コメント(住吉 忍先生)
本記事では、漢方薬が単一の成分で一つの標的に作用するのではなく、多成分・多標的により、ホルモンバランス、血流、酸化ストレス、免疫、ミトコンドリア機能などへ複合的に働きかける可能性が整理されています。
不妊治療の現場でも、採卵数や胚のグレード、内膜の厚さ、精液所見といった数値だけでは説明しきれない「治療への反応性の差」を感じることが少なくありません。
漢方は西洋医学に代わるものではなく、ARTや男性不妊治療と並行しながら、身体全体の土台を整え、治療に反応しやすい状態を目指す補完的な選択肢だと考えています。
一方で、記事にもあるように、現在のエビデンスは動物実験や小規模研究、後ろ向き研究が中心であり、今後は臨床現場でのデータ蓄積と、医療者間の連携がより重要になります。
患者様が安心して漢方を選択できるよう、経験と研究の両面から、妊活・不妊治療における漢方の役割を丁寧に示していきたいと思います。
住吉忍先生プロフィール
薬剤師・国際中医師
株式会社ウィメンズ漢方代表、臨床漢方カウンセリング協会代表理事。薬剤師・国際中医師として、全国23か所の婦人科・不妊治療専門クリニックで漢方外来を担当。不妊治療、特に難治性症例やプレコンセプションケア、更年期に対応した漢方処方を得意とし、西洋医学と東洋医学を融合させた治療サポートを行っています。体質やライフステージに合わせたオーダーメイドのカウンセリングを通じて、女性の一生を支える医療の実現を目指しています。
【関連リンク】
ウイメンズ漢方
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