2026年5月26日 生殖補助医療・不妊治療
2023年の多胎妊娠数が4,354例に:なぜこのタイミングで過去最多を更新したのか?
東邦大学などの研究グループによると、体外受精などの生殖補助医療(ART)による多胎妊娠数が2023年に4,354例に達し、過去最多を記録したことが明らかになった。
2022年4月から体外受精・顕微授精が公的医療保険の対象となり、不妊治療を受ける患者のアクセスが大幅に拡大した一方、双子・三つ子といった多胎妊娠の割合・件数がともに増加するという想定外の影響が顕在化してきた。
なぜ多胎妊娠が増えているのか 保険の「回数制限」が背景に
体外受精では、妊娠率を高めるために複数の受精卵を同時に子宮へ移植することがあり、多胎妊娠が起こりやすい。
こうした事態を防ぐため、日本産科婦人科学会は2008年、受精卵の移植は原則1個とする見解を表明。
ただし、35歳以上の女性や2回以上移植しても妊娠しなかった女性に限り、2個までの移植を認めている。
今回の保険適用によって、この原則が揺らいでいる背景には、回数制限の存在がある。
| 治療開始時の年齢 | 保険適用の上限回数 |
| 40歳未満 | 6回まで |
| 40〜42歳 | 3回まで |
| 43歳以上 | 適用外 |
制限回数以内に妊娠を成立させようとする心理的プレッシャーが、複数受精卵の移植という選択につながっている可能性が指摘されている。
回数が限られているほど「1回で確実に結果を出したい」という思いが強まり、学会指針の「原則1個」が守られにくくなる構造的な問題が生じていると考えられる。

多胎妊娠のリスク 妊婦・新生児・医療体制への影響
多胎妊娠は単胎妊娠と比較して、妊婦・胎児の双方に対してさまざまなリスクが伴う。
妊婦側のリスク
• 切迫早産・早産のリスクが高まる
• 妊娠高血圧症候群・妊娠糖尿病の発症率が上昇
• 帝王切開率の増加
• 母体の身体的・精神的負担が大きくなる
新生児側のリスク
• 低出生体重・超低出生体重児の増加
• NICU(新生児集中治療室)への入院が必要となる割合が高い
• 長期にわたる発育上のフォローが必要となる場合がある
周産期医療への影響
• NICUや産科病床など、限られた医療資源への需要が集中する
• 高次医療機関の負担が増大し、周産期医療体制全体に影響が及ぶ

専門家の声 「保険制度の見直しが必要」
東邦大学の伊藤歩講師は今回の研究について次のように述べている。
「リスクの高い妊娠は周産期医療の負担になることも考慮して、保険制度を検討する必要がある」
不妊治療へのアクセス向上という保険適用の恩恵を維持しながら、多胎妊娠というリスクをいかに抑制するか。
回数制限のあり方や複数胚移植への規制強化、さらには患者へのインフォームドコンセントの徹底といった多角的なアプローチが求められている。
医療現場や患者さんにとって、何が変わるのか
今回の結果は、不妊治療に関わる医師・看護師・胚培養士(エンブリオロジスト)はもちろん、患者自身にとっても重要な示唆を含んでいる。
• 患者への丁寧な説明:保険の回数制限を「プレッシャー」として感じ、複数移植を選ぶ患者には、多胎妊娠のリスクを改めて丁寧に説明する機会が必要である
• 個別の医学的判断の重視:年齢・既往歴・卵子・受精卵の質など、一人ひとりの状況に応じた移植戦略の検討が重要である
• 制度設計へのフィードバック:臨床現場から政策立案者へのデータ共有・提言が、より患者に寄り添った制度設計につながる
不妊治療の保険適用は、多くのカップルに希望をもたらした一方で、制度の「抜け穴」が予期せぬ医療リスクを生む可能性を示した。
今後、学会・行政・医療機関が連携し、質と安全性を担保したART保険制度の再設計が急がれる。
本記事は東邦大学などの研究発表(2025年)および日本産科婦人科学会の公表見解をもとに作成しました。
関連サイト
[1] 西日本新聞「生殖医療の多胎妊娠最多に 23年4千例、保険適用後増」 https://www.nishinippon.co.jp/item/1496057/
[2] 日本産科婦人科学会「倫理に関する見解・指針一覧」(体外受精/顕微授精・胚移植に関する見解 含む) https://www.jsog.or.jp/medical/576/
[3] 日本生殖医学会「生殖医療Q&A:Q12.体外受精とはどんな治療ですか?」 http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa12.html
[4] こども家庭庁「不妊治療 保険適用について」 https://funin-fuiku.cfa.go.jp/dictionary/theme08/

