私はまるでベルトコンベヤーの上を流れる部品のように扱われていたのかもしれない。

今回は30代女性 SHさんのお話になります。

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2024年8月の暑い日、午前10時。3回目の移植を終え、判定を聞くために私はいつものクリニックの扉をくぐった。予約時間はとうに過ぎ、待合室の硬い椅子の上で48分という時間がただただ過ぎていく。

手にした雑誌のページを意味もなくめくるけれど、そこに書かれた文字は少しも頭に入ってこない。怖い。その一言が、心臓を冷たく締め付けていた。

「SHさん、どうぞ」

無機質な声に呼ばれ、診察室へ向かう。ドアを開け、「失礼します」と口にした、その瞬間。医師はモニターから一度も目を離さずに、まるで天気の話でもするように言った。

「今回は残念でしたね。また来月来てください」

私の顔を見ることもなく、彼の指はカルテの上を忙しなく動き続ける。私が椅子に腰を下ろしたのは10時48分。診察室を出たのは10時49分。

たった1分の診察。

会計で支払った3万2千円という金額が、やけに重く感じられた。時給に換算すれば190万円。私のこの虚しさは、そんな価値になるのだろうか。

廊下を歩きながら、胸の奥でどす黒い感情が渦を巻く。どうして、今回も駄目だったの。次の治療はどうなるの。私の身体は、もう子供を授かることができないの。聞きたいことは、聞かなければならないことは、山のようにあったはずなのに。

待合室に目をやれば、次の患者が静かに座っている。そう、ここはベルトコンベヤー。次から次へと、患者という名の部品が流されていくだけ。

翌月の診察日。私はなけなしの勇気を振り絞って、医師に問いかけた。

「先生、どうして着床しないのでしょうか。私に、何かできることはありますか」

彼は、面倒くさそうに、隠そうともしないため息を一つついてから答えた。

「そんなの、誰にも分かりませんよ。運としか言いようがないですね」

「でも、何か原因が…」

「だから、分からないんです」

苛立ちを帯びたその声に、私は唇を固く閉ざした。これ以上は、もう何も聞けない。看護師が「次回の予約を」と事務的に促す。私はただ、小さく頷くことしかできなかった。

診察室を出て、トイレの個室に駆け込む。声を殺して泣いた。冷たいタイルの壁に囲まれたこの狭い空間だけが、私の悲しみを受け入れてくれる場所だった。

その夜、私は震える指でパソコンを開き、「不妊治療 病院 変える」と検索窓に打ち込んだ。口コミサイトには、様々な声が溢れている。

その中から、「先生が親身」「しっかり説明してくれる」という言葉を探し出し、いくつかのクリニックをリストアップした。9月5日、私は別の病院にセカンドオピニオンの予約を入れた。

新しいクリニックでの初診は、9月18日。

予約時間の10分前に着くと、そこは以前のクリニックとは全く違う、静かで落ち着いた空気が流れていた。待合室はこぢんまりとしていて、穏やかなBGMが心を少しだけ和ませてくれる。

10時きっかりに、私の名前が呼ばれた。診察室に入ると、医師は椅子から立ち上がり、私の方をまっすぐ見て言った。

「こんにちは。今日はどうされましたか」

その当たり前のようで、当たり前でなかった一言に、私は息を呑んだ。私の目を見て、話しかけてくれている。

これまでの経緯を、私はぽつりぽつりと話し始めた。3度の移植が陰性に終わったこと。前の病院では「運」の一言で片付けられてしまったこと。医師は、私の言葉を一度も遮ることなく、静かに耳を傾けてくれた。

「辛かったですね。でも、3回、駄目だったからといって、諦める必要はありません。一緒に原因を探していきましょう」

その温かい言葉に、堪えていた涙が頬を伝った。

医師は、私が持参した過去のデータを一枚一枚丁寧にめくり、考えられる可能性を一つひとつ説明してくれた。ERA検査、子宮鏡検査、慢性子宮内膜炎の検査。それぞれのメリットとデメリット、費用、そして成功率。私が納得できるまで、時間はゆっくりと流れていった。

診察が終わったのは、10時34分。34分間、医師は一度も時計に目をやることはなかった。

「他に、何か聞きたいことはありますか」

最後にそう尋ねられ、私は静かに首を横に振った。聞きたかったことは、すべて聞けたから。

「ありがとうございました」

心の底から、そう言うことができた。会計で支払った金額は、以前のクリニックと大差ない。けれど、その価値は、比べ物にならなかった。

病院を出ると、空は高く、青く澄み渡っていた。秋晴れの空気が、少しだけ心を軽くしてくれる。私は大きく深呼吸をした。

患者には、説明を受ける権利がある。納得して治療に臨む権利がある。私は、その当たり前の権利を取り戻すために、病院を変えるという決断をしたのだ。

もっと早く、そうすればよかった。でも、「言い出しにくい」「先生に申し訳ない」そんな見えない鎖が、私を縛り付けていた。もし今、同じように苦しんでいる人がいるのなら、伝えたい。その鎖を断ち切る勇気を持って、と。

私は、もう一人じゃない。ちゃんと向き合ってくれる医師がいる。

その事実が、固く閉ざされていた心の扉を、ほんの少しだけ開けてくれたような気がした。

※このストーリーは投稿して頂いたものを個人と特定できないように改変して記事化しております。

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