検索という名の依存症

今回は40代 KIさんのお話をご紹介していきます。読むと分かりますが、文章にやるせなさと怒りを感じます。こういう思いや止められない衝動を持っている方も多いんだろうなと思っています。

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午前5時。叩き起こされるように目が覚めた。まだ真っ暗じゃない。

忌々しいスマホを掴む。目に突き刺さる光。私の指は、もう私のものではないみたいに、勝手に画面を滑っていく。

「着床 症状」

検索。ああ、何度目?昨日も一昨日も、狂ったように同じ文字を打ち込んだ。

目に映るのは、もう暗記するほど見慣れたクソみたいなページばかり。それでも読む。血走った目で、また読む。

「高温期7日目に下腹部がチクチクして、翌週陽性が出ました」

この、たった一行の他人の幸福に、私は藁をも掴む思いで希望を見出そうとする。私も昨日、腹がチクチクした。これは着床痛に違いない。そうじゃなきゃ、やってられない。

わずか10分後、また検索窓に指を叩きつける。

「フライング陰性 その後陽性」

奇跡を探してる。滑稽よね。統計的にはほとんどないって、頭のどこかではわかってる。

でも、その「ほとんどない」に自分が滑り込めるんじゃないかって、愚かにも信じたいのよ。

腹が、またチクチクした。ほら、やっぱり!これは着床痛だわ!そうに決まってる!狂ったようにスマホに「着床痛 時期」と打ち込む。該当する。

症状が、一致する。心臓がうるさくて吐きそうだ。

でも、翌朝。絶望の朝。何も感じない。あのチクチクは、幻だったかのように消え失せた。

昨日のあれは、一体何だったのよ!ただの腸の動き?ふざけるな!私の希望を弄ぶな!怒りに任せて、また検索する。「着床痛 翌日消える」「着床症状 なくなる 大丈夫」。

この地獄のループから、誰か私を助け出して。

朝食を口に運びながらも、視線はスマホに釘付け。仕事中も、トイレに駆け込むふりをして、掲示板の更新をチェックする。寝る前なんて、1時間、ベッドの中で延々と他人の妊娠報告を巡回する始末。

夫が言った。「そんなに調べても、結果は変わらないよ。ストレスが一番よくないって言うじゃないか」

その瞬間、私の内側で何かがブチ切れた。

「ストレス感じるなって、簡単に言うな!じゃあ教えてよ、どうすれば感じないで済むの?!できるもんならやってみてよ!」

獣みたいに声を荒らげた。夫は怯えたように黙り込んだ。

後になって、冷静さを取り戻したふりをして反省した。夫は、ただ心配してくれただけ。でも、あの正論が、どうしようもなく私の神経を逆撫でした。

ストレスを感じない方法があるなら、こっちが教えてほしい。毎日毎日、生理が来るか来ないかに怯え、体温計のコンマ1度の変化に心をかき乱されながら生きているこの私に、一体どうしろって言うのよ!

ある日、「検索をやめて散歩を始めたら、心が軽くなりました」なんていう、お花畑みたいなブログを見つけた。どこかの妊活成功者の、幸せ自慢。写真には、公園で満面の笑みを浮かべる女と、ベビーカーを押す夫。反吐が出る。

そうだ、私も外に出てやろうじゃないの。スマホなんて、叩き割ってやるくらいの気持ちで、家に置いて。

上着を乱暴に羽織った。近所の公園まで、憎しみを込めて地面を蹴りつけるように歩く。ベンチに、ドスンと腰を下ろす。深呼吸。春の風が、やけに腹立たしい。

わずか5分。

気づけば、私の手はポケットからスマホを抜き取っていた。

「確認だけだから」。誰にともなく言い訳しながら、忌々しい掲示板を開く。新しい書き込みがないか、血眼で探す。「判定日前日に体温が下がって絶望したけど、翌日陽性でした」という投稿を見つける。すかさずスクリーンショットを撮る。後で、この希望の欠片をしゃぶり尽くすために。

そのまま1時間、私はベンチでスマホの画面を睨み続けた。散歩?笑わせるな。

自分が依存症だってことは、とっくにわかってる。でも、やめられない。検索をやめたら、私には何も残らない。真っ白な検査薬が突きつけてくる絶望と、ただ無力に向き合うしかなくなる。

だから、私は指を動かす。自分に都合のいい希望を、必死こいて探す。他人の成功体験を読んで、「私も大丈夫かもしれない」と、無理やり自分に言い聞かせる。

夜中の3時。また悪夢にうなされて目が覚めた。

スマホを開く。掲示板を、1ページ目から読み直す。さっき読んだばかりだってのに。でも、読む。

情けない。本当に、私はなんて情けないんだろう。

でも、これが今の私なのよ。この検索という狂った行為だけが、今にも崩れ落ちそうな私の心を、かろうじて繋ぎ止めている。

判定日まで、あと2日。今夜も私は、このスマホの光の中で、血反吐を吐くような思いで希望を探し続ける。

画面を閉じられない。閉じたら、本当に何もかもが終わってしまう気がするから。

だから今日も検索する。明日も検索する。判定日、その絶望の瞬間まで、ずっと。

※このストーリーは投稿して頂いたものを個人と特定できないように改変して記事化しております。

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