今回は30代 女性 AKさんからの体験談をご紹介いたします。
培養士さんからそっと手渡された、一枚の培養レポート。そこに記されていたのは、胚盤胞グレード「AA」という、まるで優等生の証のような文字でした。
3回目の移植を目前にして、私はそのレポートをお守りのように何度も何度も見つめ、ノートに数字を書き出していました。
「AA」評価のたまごちゃんが、お腹に来てくれる確率は、約40〜50%。
希望の光が見えるような、嬉しい数字。でも、その裏側には、1回で会えない確率が50〜60%もあるという現実が隠れています。2回続けて会えなかった私は、25〜36%の確率に入ってしまい、そして今回、3回目となると12.5〜21.6%。私は、とうとうその「2割」のひとりになってしまったのですね。
頭では、統計的に決してあり得ないことではないと分かっているんです。でも、いざ自分がその「2割」の中に入ってしまうと、もう数字では割り切れない、言葉にならない感情が胸の奥からせり上がってくるのでした。
移植の日。モニターに映し出された私のたまごちゃんは、キラキラしていて、本当に息をのむほど美しかった。「完璧ですよ」と微笑んでくれる培養士さんの言葉に、「ありがとうございます」と答えながらも、私の心は別の計算を始めていました。
もし、この子とも会えなかったら…4回目。その確率は、約6〜13%。そうなれば、私には「反復着床不全」という、重たくて冷たい診断名がつけられてしまうかもしれないのです。
移植後の、長くて不安な2週間。私はまるで何かに取り憑かれたように、パソコンにかじりついていました。「着床不全」という、本当は見たくもない言葉を検索しては、海外の医学論文まで読み漁る毎日。ERA検査、慢性子宮内膜炎、免疫の問題…。原因かもしれない項目のリストは、果てしなく続いていくように思えました。

その中でも、どうしても気になったのが「ERA検査」。赤ちゃんを迎え入れるための、子宮内膜のいちばん良いタイミング、「着床の窓」を調べるという検査です。ある論文には「この検査でズレを直したら、妊娠率が上がった」と書いてあるけれど、別の大きな研究では「意味のある差はなかった」とも書かれている。どちらを信じたらいいのか、心が揺れ動きました。
そして、判定日。血液検査の結果を告げる紙には、hCG「検出せず」の文字。3回目のさよならが、静かに確定した瞬間でした。
診察室で、先生に尋ねました。「子宮内膜の厚さも、ホルモンの値も、何もかも順調なのに、どうしてあの子は私のお腹に来てくれないんでしょうか」。先生は、私のカルテに目を落としながら、「データの上では、本当に何の問題もないんですよ。医学では説明がつかないことだって、あるんです」と静かに言いました。
「ERA検査を、受けた方がいいでしょうか」。すがるような思いでそう聞くと、先生は少し間を置いてから、「選択肢のひとつではあります。でも、必ずしも結果に繋がるわけではありません。費用は15万円ほどかかります」と教えてくれました。
家に帰っても、気持ちは晴れません。パソコンを開き、エクセルで検査を受けるべきかどうかの計算を始めてしまいました。もし検査で30%の確率でズレが見つかって、それを直したら妊娠率が10%上がるとして…。でも、途中で手が止まりました。私、何をやっているんだろう。こんな計算に、一体なんの意味があるのかしら…。
「また計算してるの?」
心配そうに夫がかけてくれた声に、私は「だって、数字じゃないと納得できないんだもの」と、とげとげしい声で返してしまいました。

「でもさ、赤ちゃんを授かるって、数字じゃないでしょ」
夫の優しい言葉が、ぐさりと胸に突き刺さります。何も言い返せませんでした。分かっている、そんなことは誰よりも分かっているのに。
それでも結局、私はERA検査を受けることを決めました。それが、統計的に正しい答えかなんて、もう分かりません。ただ、「やれることは、すべてやったんだ」って、未来の自分が思えるように。後になって、「あの時、あの検査を受けていれば…」なんて後悔だけはしたくなかったのです。
同意書にサインをする私の手は、小さく震えていました。15万円という金額は、私の理性と感情の、ちょうど境界線にあるようでした。
データの上では、何もかもが完璧。それなのに、新しい命は宿ってくれない。
このどうしようもない矛盾を埋めるために、私はまた、冷たい数字に頼ろうとしているのかもしれません。
医学は確率の学問なのだと、何度も自分に言い聞かせます。でも、私が本当に、本当に欲しいのは、「私が」この腕で我が子を抱けるという、たったひとつの確かな未来。それは、どんな確率論でも測れないものだから。
だからこそ、私はこんなにも数字にすがりたくなってしまうのかもしれませんね。

